沈黙なら金じゃなくていいや

沈黙は金、雄弁は銀
なら、勇気ある銀になりたいと思う。
それにほら、銀の方が色んなものと反応し合えるしね。
さて、小道具制作集団Nichecraftの辻本さん(@propmind)がバナナ学園純情乙女組に対して思っていることを連投したTweetが、プチ波紋を呼んだ。
https://twitter.com/propmind/status/206393533597368323
https://twitter.com/propmind/status/206393908639432705
https://twitter.com/propmind/status/206394098448482304
https://twitter.com/propmind/status/206394326304043010
一連のTweetと、それに対する批判「見てない公演を批判するってどういうこと?(大意)」を見てまず思ったのは、「果たして辻本さんの批判は公演に対してのものなのだろうか」という点だ。
確かにバナナ学園は公演中であり、ドラマトゥルクを迎えたことに対して言及しているので、今回の公演の批判に見えるかもしれない。
しかし、ここで語られているのは公演の内容ではなく、バナナ学園純情乙女組という「無軌道さ」や「無茶」を売りにした団体の、観客への受け取られ方であり、受け入れられてしまうことによる団体のアイデンティティの喪失についてだと思う。「バナナ学園よ、歓迎されちゃったらこのあとどうすんの?」と言っていたのではないか。
要するに、色んな表現に見られる「パンク」と「売れる」の両立の問題ですね。
「公演」を見てないで批判するのはリスキーだし、それがいろいろ言われる理由もわかる(だがそれすらも悪いとは言わないが)。
けれど「団体」という単位を、最新作を見ていない状態で批判するのはそんなに問題だろうか。
もちろん、自分も発表する側だから「最新作みて判断して」と思う気持ちがあるし、好きな団体のこと言われると同じくそう思うけど、それではあまりに批判という行為のハードルが高くならないだろうか。
そして、「自分に語る資格があるのか」を気にして皆が発言を慎む世の中にも小劇場演劇シーンにもなって欲しくないと思うし、語る資格すら突破して言いたいこと、それはもはや表現欲求と言えるのではないか。
少なくとも自分には、辻本氏の発言に異を唱えていた方々より、氏のつぶやきの連投の方が、バナナ学園のパフォーマンスの中の美しい部分、つまり「無茶苦茶な表現欲求」と近いところにあるように感じられて皮肉にも思えた。
※あとね、おれは辻本さんほど褒め上手な人を知らないよ!演劇界隈で。