38mmなぐりーず に脚本提供終了

小劇場で活動する舞台女優によるアイドルユニット、38mmなぐりーず(さんぱちなぐりーず)のお披露目ライブに、コントの台本を提供させてもらっていました。
ダイジェスト(予告)
USTREAM中継
以下、超ザックリ振り返る。
脚本提供した内部の人間なのに好き勝手言ってます。距離感がつかめてないんでご容赦下さい。
■脚本提供ということ■
舞台での脚本提供は、なんやかんやで初…のはず(自主映画はあったっけな?)。
最初、コントをやってほしい(アガリスクで)というご依頼というか提案を頂き、「アイドルユニットのお披露目で我々が出たら色々おかしくなるのでは」ということで、脚本提供をさせていただくことになりました。
アイドルイベントが発表の場ということで、「自分」と「アイドル」と「演劇作品」の接点を探った結果、「アイドルのライブでの現象・感動を、演劇作品として物語に納める意味はあるのだろうか?」と自問したりもしながら、最終的には、自分にとっての「アイドルとは」を浮かび上がらせる会話劇にすることにしました。
(この時点で、コントにするというハードルをすっかり忘れております)
でもまぁプロデューサーから「お話っぽくてもOK」と言ってもらえたのでそのまま進めることに。
とはいえやはり「コント」と銘打って行われるし、そもそも自分のプライド的に、笑える時間の方が長くなきゃ失格という思いもあったので、お話のテーマ的な部分をいかにダブルミーニングでギャグにするかに苦労しました。
そしたらまぁ長くなってしまった。ここのところ90分級の話を50分におさめる練習ばっかりしていたので、何とかなるだろうと思っていましたが、いかんせん30分になりそうなものを12、3分に圧縮は難しいものがありました。
また、演出を他の方に任せる以上、そして全く知らない役者さんに任せる以上、解釈の微妙な差異や見た目を「見越しておく」ということが必要なのだと知りました。
■上演されたものを見て
率直な感想としては、「演出したかった」が第一。
短い時間で作品を立ち上げていくスピード(だったらしい)はすごいのだけれど、もっとネタと、そうでない部分をメリハリをつけてスパスパ切り替えていくことが出来たのではないか、と思ってしまった。
出演者の感情の生理にはあっていたのかもしれないが、あの尺でこの情報量を捌いて笑いもとるためには、より「理屈」で分解して緩急の型を決めてしまわないと難しいと思う。
自分なら、「お話として読み解く」で確認した後、全く違う「ネタとして見せる」視点で再構成する。
稽古を見てて印象的だったのは、「ちゃんと相手の言葉受け取りすぎ」という点。
「相手の台詞をちゃんと聞いて、しゃべる」っていうのが演技の原則として言われるけど、我々は日常会話で相手の話なんかほとんど聞いてないし、コントや漫才においてそんなことを考えてる場合じゃない。
というより、そもそも「相手の話を聞く」というのは、「相手の言ったことを聞いて、頭で解釈して、感情に照らし合わせて自分の反応を決める」ってことじゃないのではないだろうか、と思った。
もちろん、ただテンポだけで組んでいったらつまらないけど、「場」のテンポというのは確実にある。登場人物の生理を無視してそれに合わせちゃうと所謂「テンポだけ」の芝居になるけど、自分の生理を引きずったまま、「場」のテンポに乗っかっていく、って道があるんじゃないかと。そしてそこの「ズレ」がドラマチックになるんじゃないかと。…って何言ってるんだかわからないですね。
というのを、昼のステージを観たあとにも感じていたのだけど、なにより、昼と夜の間のダメ出しの時間で最後まで熱血の振り付けをする二階堂瞳子(バナナ学園純情乙女組)を見て痛感した。
稽古したい。もっと理想像に近づけたい。
って。今回は脚本提供だけで、演出はプロデューサーの池田氏が担当することになっていたので、あとからそんなこというのは筋違いだし通らないんだけど、でもやっぱりそう思ってしまったのだ。
それと同時に、台本的な欠陥も見つけてしまったので、そこも直して自らの手で演出したいなぁ。これに関しては「発表したい」っていうより「稽古したい」「作りたい」の方が近い。どっかで稽古の一環でやる機会無いかしら。
あ、そのあとの千秋楽のステージは、昼より全然良い出来でした。
若干、「その表現じゃ誤解を招きかねない」とか「すいません、ここホン的に弱いんで演出でフォローして」って部分は無くはなかったけど、出演者の皆が台本という武器を使って自分で客席と切り結んでいるところが見えたり、ウケることでノってくる様が見えて、非常に嬉しくなりました。
■38mmなぐりーずについて
自分は今回のお披露目ライブのコント提供だけのかかわりなのだけど、まぁ、アイドルユニットについて思うところもあるし、というより、アイドル業界にはそんなに詳しくないけど「演劇の集団でアイドルの漢字を達成するには」をずっと考えているので、いくつか思ったことを書いておこうと思う。
この38mmなぐりーずの今後を考える上で、一番気になるのが(レビューで書いてくれた人も沢山いたけれど)「どこをターゲットにするのか」だと思う。
目的としては、小劇場演劇の、そしてメンバーの女優達のアウトリーチとして始めた、と聞いている。
今回の内容が(「KANGEKI☆おじさん」に代表されるように)小劇場演劇のあるあるネタで構成されているのに関しては、「まずはお披露目」「まずは味方を得る」ということなのだとして。
気になるのは、このユニットは「全力の遊び」なのか「本気のアイドル活動の序章」なのか、という点。
「全力の遊び」なら何も問題は無い。超楽しかった。
しかし、「本気のアイドル活動」となると、現時点でも課題は山積しているように見える。
一つ目は「専業でない」という点(他の地下アイドルがそれだけで食えてない、ってのは置いとくとして)。
メンバーも皆、所属している団体があったり、次に個人で出演予定の舞台公演などが沢山ある模様だ。
となると、メンバーが継続的に活動していくことが可能なのか、という疑問は出てくる。また、他の舞台の活動をしながら、(言い方は悪いが)片手間での活動で、他のアイドルが鎬を削る戦場に出て行けるのだろうか、という点も疑問だ。
二つ目は「何を売りにするか」という点。
小劇場演劇(の中でもCoRichとか使う、学生劇団出身の東京のシーン)の中で「アイドルユニットを組む」と言ったらインパクトはあるが、もっと広く考えると、アイドル戦国時代と言われている昨今、数ある○○アイドルの中に飛び込んだとして、「小劇場の女優によるアイドルユニット」という切り口は、色物としてのインパクトがあるとは言えない。だって「有名AV女優によりアイドルユニット」とか「ダイブして重傷するアイドル」とかがいるんだぜ、今。
その中で、しかもインディーでやっていくわけで、何を武器にするか、これを模索するのが急務だと感じる。
最近、アイドルがよく舞台に進出している現状で、アイドルとして演劇界を代表することが出来るのか、というのも含めて。
三つ目は「歌や踊りをやるべきなのか」という点。
根本的な話になるけど、世のアイドルと勝負していく中で、「アイドルとは何か」が問われていくと思う。そういったときに、小劇場の女優がアイドル的な歌や踊りを模していくことが、果たして構造的に「アイドルの持つ感動」に繋がるのか、という点だ。これ言っちゃおしまいかもしれないけれど。
インディーの世界・小劇場演劇で活躍するクリエーターによってプロデュースされたアイドルが、世の中にでて注目を浴びることで「小劇場演劇界からの刺客」になるのならば、やはり演劇に近いパフォーマンスの方が良いのではないか。
それこそ、選ばれた固定のメンバーがいて、それに合わせて色々な小劇場演劇界のクリエイターが、どこでも披露できる長短様々な作品を提供する、とか。お笑いの場にも、音楽のライブの場にも、ダンスの場にも、ジャンルを越えて進出できる一つのチームを作り、小劇場演劇そのものの広告塔になる。そしてそれを小劇場演劇ファンが応援したり、他の劇団が嫉妬したり白眼視しながら見守っていく。
これは一例だけど、つまりアイドルユニットがやることを模すのではなく、構造的にアイドルユニットのような集団を作る方が、本来の目的に合うのではないか、とか思ったりもする。
もちろんここまでくると38mmなぐりーずのコンセプトとも違ってくるので、お門違いな話かもしれないけど、要するに「アイドルユニットをつくって歌や踊りをすると、アイドルの中で目立つの?」とか「それって演劇界のアウトリーチになるの?」って疑問もあるよ、という話。
■とか言いつつ
脚本提供と演出論において非常に勉強になったし(なんせ初なんで)、アイドルユニットについても非常に勉強になりました。
超楽しかった。
あと、歌って踊ってる全力の女子は可愛い。企画自体とか構造的な疑問はどうでもよくなるくらい。

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