2011年を振り返る(追記)

さて、昼間寝て、夕方からゆっくり2011を振り返って書き始めようと思ったけど起きたら22時で、なんやかんやで23時なので、急ぎ目で行く。
【冨坂的2011年の作品~演劇編~】
1位…イキウメ『散歩する侵略者』
2位…イキウメ『太陽』
3位…ままごと『わが星』
 自分的に、今年は圧倒的にイキウメの年だった。ストレートな演劇なんだけど、物語として圧倒的に面白い。そして舞台の使い方、演技、その他の演出も、ちょうど一番好みの具合だった。
 今までの年に比べて、シアタートラムとかそういった少し大きめの劇場に行く機会が増え、そして自分は好み的にトラムでやってる芝居に行けばいいんじゃね?と思ってしまった。ある程度大きいところでやる、演劇通以外を向いた、少し大人の目線を意識したくらいの作品(自然、カタいストレートプレイがおおくなりがち)だからだろうか。
 ま、その反面、参宮橋トランスミッションで、着替えるところも見せながら気取らずに劇団員でキャッキャしてるコーヒーカップオーケストラや、新宿コントレックスでわけのわからない爆発を見せるゾンビジャパンとか、お話お話してないラフな面白い人達にも心を奪われた。やっぱね、どっちかですよね。コーヒーカップオーケストラは今の東京の小劇場演劇界で一番、アイドルユニットに近い集団だと思う。
男性アイドルユニットと言ったら、嵐・SMAP・コーヒーカップ!
【冨坂的2011年の作品~映画編~】
1位…『その街のこども 劇場版』
2位…『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』
3位…『SUPER!』
特別賞(長澤まさみ賞)…『岳』
 今年は『その街のこども』ですね、やはり。昨年のテレビの映画版だし、公開も昨年末からだけど、いいんです。今年、『大空襲イヴ』前は忙しくて観にいけず、終わってからいろいろなところを探して川越やら東十条やら観に行った。そして、タマフルのシネマハスラーにて宇多丸の批評を夜の街で聞いて涙ぐんだことも。
 『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』はこれを読んで。
 『SUPER!』は、『キックアス』で不満というかノレなかった部分に回答を出していてスッキリすると同時に、お話としてはスッキリさせてくれない圧倒的に巨大なモヤモヤに打ちのめされた。
 特別賞の『岳』は、映画としてはアレなんだけど、長澤まさみの弾ける「タナベ感(タナベ=漫画・アニメ「プラネテス」のヒロイン)」に打たれて、二度観に行ってしまった。みんなモテキの長澤まさみを推すんだけど、そしてそれは正しいんだけど、モテキほど長澤まさみ感をフィーチャーしてない『岳』の方が、逆に長澤まさみ力が浮かび上がるというか。ネットの掲示板で長澤まさみ劣化説を見るたびに「馬鹿か!」と思っていました、確かに佐々木希はきれいな作りだし石原さとみも一気に可愛くなってるけど、2011年最強のヒロインは長澤まさみです!(キリッ)
【冨坂的2011年の作品~楽曲編~】
1位…RHYMESTER『そしてまた歌いだす』
2位…Perfume『心のスポーツ』
3位…ももいろクローバー『走れ!』
 『そしてまた歌いだす』は、後述の大空襲イヴまわりで、絶対に忘れられなくなった曲。詳しく書くとJA○RACさんに怒られるのでアレだけど、アガリスクの公演で最も曲と作品が意味を持った一件。歌ってる場合ですよ!
 『心のスポーツ』は待ちに待ったPerfume先輩のアルバムより一曲。『MY COLOR』『Have a stroll』とも迷ったんだけど、ま、気分でこっちに。「J-POP内でのPerfume」の立ち位置を考えるのでなく「世界の中のJ-POP(歌謡曲)」を意識したからのこの昭和アイドル歌謡曲路線の美メロか。そしてPerfumeらしい良さもしっかり。いや俺、ホントこの人達すき。
 『走れ!』は全然今年の曲じゃないんだけど、今年一気に引き寄せられたももいろクローバーの曲で、一番聞いたのがコレ。最近、ももクロじゃなくてこの曲(のパフォーマンス)が好きなんじゃないか、って気もしてきた。TIF2010動画を何回観たことか。で、心を奪われるたびに「ダメだ!俺にはPerfumeが…!Perfumeがいるんだ…!」ってなってたwでものっちが「ももクロが好き」って言ってたから何か安心してももクロのDVDを買えた←(何)
【追記しました】
では、ここから、冨坂近辺の生活を振り返りる。ほとんどアガリスク的重大ニュースと一緒なんだけど。
3月 大空襲イヴ決行
何よりも、まず震災のことが思い出されるのだろうけど、自分にとって、震災であると同時に“『大空襲イヴ』の思い出”として刻み込まれている。
地震当日は稽古場に役者を待たせながら前の職場(ロードサービス手配)で電話を受けていて、みんなが机の下に隠れているのに偶然俺だけ電話を取っており、離れるに離れられなかったからそのまま相手と話していた。ロードサービスの会員からで「なんか道がまっすぐなのに車が超揺れるんですけど!」と聞かれたから「地震です」と答えた間抜けな問答など。
その後、変える電車をなくした役者連中がアガリスクハウスに泊まりに来て一緒に鍋をしたり、合宿みたいになっていたから悲壮感が軽くなった部分はあるかも。あと、公演一週間前で気分がスクランブルだったので、なんというか不謹慎な言い方に聞こえるかもしれないけど、自分内では既に平常時より混乱していたからそこまでショックは感じなかった、というか。
で、劇場と交通機関が大丈夫な限り当然公演はやるだろうと思ってたんだけど、一日二日たって、公演を中止する劇団や延期する劇団が増えてきた。内部でも「中止すべき」「延期すべき」などの意見も出てきた。
おれは「あの作品(大空襲前夜でくだらないことに奔走する人々の姿を描く)をやる以上、延期も中止も考えられない」と思っていたので、隣の部屋で劇団員他のメンバーと「やるべき」「中止すべき」を電話で激論しているのを横に聞きつつ、ライムスターの『そしてまた歌いだす』を1曲リピートでヘッドフォンに流しながら、泣きそうになりながら台本を追記してた(ちなみに『そしてまた歌いだす』は、震災直前にリリースされたRHYMESTERのPOP LIFEってアルバム収録曲で、3/12にも放送されたライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフルの一発目で流された曲である)。ちなみにこんとき書いたのが『大空襲イヴ』ラストの10分間くらいの勘違いクライマックスと全員で漫才するみたいなところ。
そして、公演の決行or中止について、ハウスの狭い空き部屋に十何人も車座になって話し合ったり、震災後唯一空いてた下北沢の地価の公共施設で話したり。あの人があんなに泣き、あいつがあんなに意見グラグラさせるの初めて見たぜ、と思うと同時に、「あ、やっぱ自分って辞めることができない人間なんだ」って実感した、良くも悪くも。
で、この方策で上演したことについては良かったと思っているし、全然恥じていない。結果論だろ、って言われりゃそれまでなんだけど。「人々に一刻も早く笑顔を」とか言うつもりは全然なかったし、「辞める訳にいかないからやる」っていう極めて自分勝手な動機だったけど、でもやっぱり劇場でお客さんが「久しぶりにちゃんと笑った」とかアンケートに書いてくれると嬉しかった。あと今思い返しても、あの時期に「大災害と隣り合わせ」って設定でコメディをやるのって、すごく意味のあることのように思う。アガリスクの作品が初めて作品を越えて意味を持ったんじゃないかって気もする。酔っちゃいけないし、なんでもかんでも決行する勇気が大事!ってわけじゃないんだけどね。
7月 新宿コントレックス開始
準備してたのは4月からだけど。
その後、シアター・ミラクルを拠点に活動していくにあたり、継続的にAC~アガリスクコント~のネタを発表する場所が欲しいのと、他団体との交流や他団体のファンへの露出を狙って、コントライブを企画。新宿コントレックスが出来たのでした。
最初は秋葉原のDRESS AKIBA HALLで考えていたのだけど、あそこがオムニバスシアターを辞めるというので、思い切ってイベントを主催することにしたのでした。
最初は俺とシアター・ミラクルの星さんとの妄想だったものが、メンバーやアシスタントや参加団体の皆さん、観客の皆さんのおかげで「新宿コントレックス」として認知されていくのは、とても嬉しかった。
いや、普段の演劇公演だってそうなんだけど、なんというんだろう、完全にイチからフォーマットから作ったからなのか。卒業式実行委員会でアレコレやってるときに卒業生に感謝されたときみたいな感覚だった。
そうそう、「新宿コントレックス」ってイベント名は、黒薔薇少女地獄の太田さんの職場のバーで、トリコロールケーキの共同演出の今田さんが第一声に言った案だったのでした。
このイベントは本当に出会いが多くて、色んな劇団とお近づきになれたし、色んな新規のお客さんに見てもらえたし、色んな役者さんと出会えました。最後のに関しては今度のアガリスクのキャスト陣を見ればなるほどって感じです。
次回は1/25(水)にやります。
10月 『ファミリーコンフューザー/無縁バター』
『みんなのへや/無縁バター』から引き続きの二本立て公演。
ファミリーコンフューザーでは初めて家族の話をやった。『大空襲イヴ』の緊急避難的な演出プラン「タスキ」が進化して「名札システム」という演出手法になり、それといつもの“笑えない状況下でコメディやってダブルミーニング”の合わせ技で「ボケで笑いながら無く」を狙っていきました。
題材の扱い方や、コメディにしたことで褒めてくれる方と、劇の構成としてすんなり入れない、と乗れなかった方に二分した作品でした。その分というか、かなり印象には残った公演になったようで、「今年の演劇3本」に選んで頂けたり、多分初日とか千秋楽はアガリスクの公演史上一番ウケたりと、「褒められた、やったー」的な満足はある。
ただ個人的には、やはり50分に押し込めるには巨大すぎる問題だったので、要素的に削った部分(テーマをシンプルにしたりもした)があったり、構成が変だったりと、改善の余地はありすぎるほどあると思ってます。いつか2時間尺でやろうかな、『ファミリーコンフューザー』。
『無縁バター』は、初演で語りきれていなかった部分を、くだらないまましっかり描けて満足。UFOもちゃんと天井から降ってきたし。そして自分はこの再演のラストシーンのような、「良い話は画(登場人物の動作)で見せる」「しかも一見馬鹿っぽい」っていう、このトーンが好きなんだ、と発見。この「物をどう扱うか」で最後を締めるパターンは、今後多用してしまいそうだ(38mmなぐりーずのコントでもやったし)。
10月 仕事的モテキ
『ファミリーコンフューザー/無縁バター』の上演の結果もあってなのか、偶然なのか、脚本家の事務所というかエージェンシーに偶然二箇所から同時にお声がかかり、一番最初にしてまさかの「どちらにしようかな」状態になる。何様か、っつーね。
あと関係ないけど前に登録してた塾講師派遣バイト(一度も就業してない)から「教室長やんない?」って謎のオファー。断ったけど。仕事的モテキが来たかと思った。
11月 夜勤
夜勤開始。これで二本立て稽古のときも副業はバッチリだぜ!(←いつ寝るの?)
以上。
11月 『エクストリーム・シチュエーションコメディ(ペア)』上演
新宿コントレックスVol.2(2011.11.16)で上演。
はい、ただの短編を一本作っただけの話なんだけど、この作品には、アガリスクエンターテイメントの最近の葛藤や呪詛、開き直り、アイデンティティが、全部詰まってるんです。しかもそれが“ネタ”という形式で。
くわしくは ここ に書いたけど、「これこそがアガリスクエンターテイメントだ」って名刺代わりの短編が出来たし、要するに俺らはこういうことがやりたかったんだ!と腑に落ちた。こんなふうにお褒めの言葉を頂いたりね。
逆に、「このネタをやっといて、今後どういうシチュエーションコメディつくるの?」って突きつけられたようで、ウッてなる。『静かに殺したい』どうしようかなぁ。
あと、これ一回しか演ってないから、本物かどうか確かめたいところ。そうじゃないと前に進めないぜ、位の気持ち。
11月 鹿島ゆきこアガリスク加入
『みんなのへや/無縁バター』以来1年越しのあれで鹿島さんがメンバー入り。コレも詳しくは こちら
それにより、つまり淺越塩原の役者二人体制が崩れた(崩した)ことにより、役者メンバー拡充&ロードtoテトリミノ再演&ロードtoAC単独公演の道が開かれた。
今まではACを淺越塩原だけの最小単位でやってたんだけど、三人でやるにあたり(今までに作った二人用のネタもやることだし)ネタによって人数は変動するし、色々変わってくるぞ、と。『みんな無縁』からしかアガリスクを知らない鹿島ゆきこという“客観性”がACに入ることでどういった変化があるのか、期待と不安で、でも期待。
そして、役者メンバーを三人でやるからには、三人用の短編、しかもエクストリーム・シチュエーションコメディ級の三人コント決定版を作らなきゃなぁ、と思っている。
ひとまず、次回公演の一番最後のステージはメンバー三人のみのコント集、AC単独公演のお試し版やります。
12月 38mmなぐりーずに脚本提供
なんだかんだで、舞台用の脚本提供って初…だよな?ということで、記念に。
脚本家としても、演出家としても色々勉強になった(くわしくは ここ )。
そしてここに提供した台本、若干手直しして自分で演出したい欲が湧き上がっている。『異性人』のプレ稽古期間にやろうかな。そして台本手放してガチで出来るまでになったら撮ってどっかにアップしようかな。
ということで
アガリスク関連ばっかりになったけど、しょうがないんだよ!それしかやってないんだもん。
特に大空襲イヴは、いくつになっても絶対に忘れられない公演だろうし、いつか再演しなきゃなぁと思っている。
っつーか、今年やった全ての演目について「またやりたい」と思っている。完成度としての未練とか悔いとかじゃなくて、いろんな切り取り方が出来る、密度の高い演目ばかりだった(と思っている)からか。もっと沢山上演して、もっと多くの人に見てもらいたかった。
作品なんてのは、その時その場所でその座組でないとダメだった、っていうものなので、再演なんて中々叶うものじゃないのかもしれないけど。
2012年以降は、ACでの必殺短編をコントレックスはじめ色んなところで上演したり、動画でアクセスできるようにしたり、素敵なつかいまわしを、バンドで言う「曲が育つ」みたいなことも考えていきたいと思っている。
もうあんまりまとまらなくなってきた。
2012年はもっと濃厚な一年になりますように。とりあえず色んな意味でプロくなろうと思う。

38mmなぐりーず に脚本提供終了

小劇場で活動する舞台女優によるアイドルユニット、38mmなぐりーず(さんぱちなぐりーず)のお披露目ライブに、コントの台本を提供させてもらっていました。
ダイジェスト(予告)
USTREAM中継
以下、超ザックリ振り返る。
脚本提供した内部の人間なのに好き勝手言ってます。距離感がつかめてないんでご容赦下さい。
■脚本提供ということ■
舞台での脚本提供は、なんやかんやで初…のはず(自主映画はあったっけな?)。
最初、コントをやってほしい(アガリスクで)というご依頼というか提案を頂き、「アイドルユニットのお披露目で我々が出たら色々おかしくなるのでは」ということで、脚本提供をさせていただくことになりました。
アイドルイベントが発表の場ということで、「自分」と「アイドル」と「演劇作品」の接点を探った結果、「アイドルのライブでの現象・感動を、演劇作品として物語に納める意味はあるのだろうか?」と自問したりもしながら、最終的には、自分にとっての「アイドルとは」を浮かび上がらせる会話劇にすることにしました。
(この時点で、コントにするというハードルをすっかり忘れております)
でもまぁプロデューサーから「お話っぽくてもOK」と言ってもらえたのでそのまま進めることに。
とはいえやはり「コント」と銘打って行われるし、そもそも自分のプライド的に、笑える時間の方が長くなきゃ失格という思いもあったので、お話のテーマ的な部分をいかにダブルミーニングでギャグにするかに苦労しました。
そしたらまぁ長くなってしまった。ここのところ90分級の話を50分におさめる練習ばっかりしていたので、何とかなるだろうと思っていましたが、いかんせん30分になりそうなものを12、3分に圧縮は難しいものがありました。
また、演出を他の方に任せる以上、そして全く知らない役者さんに任せる以上、解釈の微妙な差異や見た目を「見越しておく」ということが必要なのだと知りました。
■上演されたものを見て
率直な感想としては、「演出したかった」が第一。
短い時間で作品を立ち上げていくスピード(だったらしい)はすごいのだけれど、もっとネタと、そうでない部分をメリハリをつけてスパスパ切り替えていくことが出来たのではないか、と思ってしまった。
出演者の感情の生理にはあっていたのかもしれないが、あの尺でこの情報量を捌いて笑いもとるためには、より「理屈」で分解して緩急の型を決めてしまわないと難しいと思う。
自分なら、「お話として読み解く」で確認した後、全く違う「ネタとして見せる」視点で再構成する。
稽古を見てて印象的だったのは、「ちゃんと相手の言葉受け取りすぎ」という点。
「相手の台詞をちゃんと聞いて、しゃべる」っていうのが演技の原則として言われるけど、我々は日常会話で相手の話なんかほとんど聞いてないし、コントや漫才においてそんなことを考えてる場合じゃない。
というより、そもそも「相手の話を聞く」というのは、「相手の言ったことを聞いて、頭で解釈して、感情に照らし合わせて自分の反応を決める」ってことじゃないのではないだろうか、と思った。
もちろん、ただテンポだけで組んでいったらつまらないけど、「場」のテンポというのは確実にある。登場人物の生理を無視してそれに合わせちゃうと所謂「テンポだけ」の芝居になるけど、自分の生理を引きずったまま、「場」のテンポに乗っかっていく、って道があるんじゃないかと。そしてそこの「ズレ」がドラマチックになるんじゃないかと。…って何言ってるんだかわからないですね。
というのを、昼のステージを観たあとにも感じていたのだけど、なにより、昼と夜の間のダメ出しの時間で最後まで熱血の振り付けをする二階堂瞳子(バナナ学園純情乙女組)を見て痛感した。
稽古したい。もっと理想像に近づけたい。
って。今回は脚本提供だけで、演出はプロデューサーの池田氏が担当することになっていたので、あとからそんなこというのは筋違いだし通らないんだけど、でもやっぱりそう思ってしまったのだ。
それと同時に、台本的な欠陥も見つけてしまったので、そこも直して自らの手で演出したいなぁ。これに関しては「発表したい」っていうより「稽古したい」「作りたい」の方が近い。どっかで稽古の一環でやる機会無いかしら。
あ、そのあとの千秋楽のステージは、昼より全然良い出来でした。
若干、「その表現じゃ誤解を招きかねない」とか「すいません、ここホン的に弱いんで演出でフォローして」って部分は無くはなかったけど、出演者の皆が台本という武器を使って自分で客席と切り結んでいるところが見えたり、ウケることでノってくる様が見えて、非常に嬉しくなりました。
■38mmなぐりーずについて
自分は今回のお披露目ライブのコント提供だけのかかわりなのだけど、まぁ、アイドルユニットについて思うところもあるし、というより、アイドル業界にはそんなに詳しくないけど「演劇の集団でアイドルの漢字を達成するには」をずっと考えているので、いくつか思ったことを書いておこうと思う。
この38mmなぐりーずの今後を考える上で、一番気になるのが(レビューで書いてくれた人も沢山いたけれど)「どこをターゲットにするのか」だと思う。
目的としては、小劇場演劇の、そしてメンバーの女優達のアウトリーチとして始めた、と聞いている。
今回の内容が(「KANGEKI☆おじさん」に代表されるように)小劇場演劇のあるあるネタで構成されているのに関しては、「まずはお披露目」「まずは味方を得る」ということなのだとして。
気になるのは、このユニットは「全力の遊び」なのか「本気のアイドル活動の序章」なのか、という点。
「全力の遊び」なら何も問題は無い。超楽しかった。
しかし、「本気のアイドル活動」となると、現時点でも課題は山積しているように見える。
一つ目は「専業でない」という点(他の地下アイドルがそれだけで食えてない、ってのは置いとくとして)。
メンバーも皆、所属している団体があったり、次に個人で出演予定の舞台公演などが沢山ある模様だ。
となると、メンバーが継続的に活動していくことが可能なのか、という疑問は出てくる。また、他の舞台の活動をしながら、(言い方は悪いが)片手間での活動で、他のアイドルが鎬を削る戦場に出て行けるのだろうか、という点も疑問だ。
二つ目は「何を売りにするか」という点。
小劇場演劇(の中でもCoRichとか使う、学生劇団出身の東京のシーン)の中で「アイドルユニットを組む」と言ったらインパクトはあるが、もっと広く考えると、アイドル戦国時代と言われている昨今、数ある○○アイドルの中に飛び込んだとして、「小劇場の女優によるアイドルユニット」という切り口は、色物としてのインパクトがあるとは言えない。だって「有名AV女優によりアイドルユニット」とか「ダイブして重傷するアイドル」とかがいるんだぜ、今。
その中で、しかもインディーでやっていくわけで、何を武器にするか、これを模索するのが急務だと感じる。
最近、アイドルがよく舞台に進出している現状で、アイドルとして演劇界を代表することが出来るのか、というのも含めて。
三つ目は「歌や踊りをやるべきなのか」という点。
根本的な話になるけど、世のアイドルと勝負していく中で、「アイドルとは何か」が問われていくと思う。そういったときに、小劇場の女優がアイドル的な歌や踊りを模していくことが、果たして構造的に「アイドルの持つ感動」に繋がるのか、という点だ。これ言っちゃおしまいかもしれないけれど。
インディーの世界・小劇場演劇で活躍するクリエーターによってプロデュースされたアイドルが、世の中にでて注目を浴びることで「小劇場演劇界からの刺客」になるのならば、やはり演劇に近いパフォーマンスの方が良いのではないか。
それこそ、選ばれた固定のメンバーがいて、それに合わせて色々な小劇場演劇界のクリエイターが、どこでも披露できる長短様々な作品を提供する、とか。お笑いの場にも、音楽のライブの場にも、ダンスの場にも、ジャンルを越えて進出できる一つのチームを作り、小劇場演劇そのものの広告塔になる。そしてそれを小劇場演劇ファンが応援したり、他の劇団が嫉妬したり白眼視しながら見守っていく。
これは一例だけど、つまりアイドルユニットがやることを模すのではなく、構造的にアイドルユニットのような集団を作る方が、本来の目的に合うのではないか、とか思ったりもする。
もちろんここまでくると38mmなぐりーずのコンセプトとも違ってくるので、お門違いな話かもしれないけど、要するに「アイドルユニットをつくって歌や踊りをすると、アイドルの中で目立つの?」とか「それって演劇界のアウトリーチになるの?」って疑問もあるよ、という話。
■とか言いつつ
脚本提供と演出論において非常に勉強になったし(なんせ初なんで)、アイドルユニットについても非常に勉強になりました。
超楽しかった。
あと、歌って踊ってる全力の女子は可愛い。企画自体とか構造的な疑問はどうでもよくなるくらい。

アイドルユニットにコント書きます

小劇場演劇で役者やってる女性達がアイドル活動を始める、ということで、そのお披露目ライブの賑やかしにコントを書かせてもらうことになりました。
そのアイドル活動ってのがこちら。

アイドル群雄割拠のこの時代に、小劇場から、アイドルユニットが誕生します。

なんでも、小劇場演劇でブイブイ言わせてる人達の才能を結集して歌詞書いたり曲作ったり振付けたりPV撮ったりして、その女優達のプロモーションとして使える、映像や楽曲などの回覧性の高い作品をつくるのが目的とのこと。
まずは一度お披露目の公演をして、それをキックオフに継続的な活動を始めるそうでして、そのお披露目ライブ内でメンバー達が演じるコントの台本を書かせてもらうことに。
メンバーの女優陣は知ってる方がいないのだけど、スタッフ陣がみんな演劇人として面白い人たちなので、そこに加えてもらったのは嬉しくもあり、「コントとはいえ芝居パート書くの俺でいいの?」みたいな感もあり。
谷賢一(DULL-COLORED POP)…!
上野友之(劇団競泳水着)…!
ハセガワアユム(MU)…!
二階堂瞳子(バナナ学園純情乙女組)…!
北尾亘(Baobab)…!
オカヨウヘイ(PLAT-formance)…!
冨坂友(アガリスクエンターテイメント) …ん?
ってな感じで。
正直、どこまで本気でアイドル業界に殴りこむのか、「小劇場演劇の女優・スタッフが結集」という点にどこまで勝算を見出しているのか、等の疑問もありますが、単純に面白そうなのでお手伝いさせていただくことになりました。女性アイドルとコントなんて両方好きだし。
メンバーも他で女優活動をしながらだし、ぶっちゃけ「このアイドルユニットでどうにかなろう」ってわけではなく「全力の遊び」だとは思うんですが(本気だったらスイマセン)、せっかくなので「アイドルと演劇」「アイドルとコント」を突き詰めた作品を書いて、自分なりの「アイドルとはなんなのか」に迫りたいと思います。
おそらく、アイドル達を登場人物にした、お話っぽいコントを書くと思います。
今のところ迷っているのは、アイドル周辺の人間ドラマを演劇(虚構)として再現することに意味があるのか、という点。
「アイドルにまつわる物語を演じる役者」「中身は関係ないけど表現が構造的にアイドル」のどちらにするべきか、うーむ。
非常にややこしい話になるので詳しくは後日書くけど、これは自分が今後劇団を・劇団員をどうやって見せていくかにも関わる、非常に大事な勉強な気がする。
さて、というわけで当該のコントを上演するお披露目ライブ詳細
38mmなぐり~ず お披露目ライブ
2011年12月24日(土)~25日(日)
【会場】新宿シアター・ミラクル
【日時】12/24(土)20:00~
    12/25(日)14:00~/19:00~
【料金】前売/当日:2500円
【発売】12/17(土)12:00~
詳細は こちら

新宿に新たな基地。

メンバー会議を珍しく新宿でしている。
「している」というのも、何の気なしに入った喫茶店が、Wifiが通っていてコンセント使っていい店だったのだ。
飲み物のマズさはこれも特筆すべき点なのだけど、無線LANの飛んでる拠点を新宿で探していた最中だったので、嬉しくて書いてみたテスト投稿。

【アイデアメモ】宇宙人×カミングアウト×差別

●宇宙人が地球に訪問、移住をはじめて結構経った世界
●その宇宙人は姿を変える(自分の姿を、自分の好むような形で相手に認識させられる)ことが出来る。
●その能力を警戒した政府は、管理のために、一度の地球滞在中における変身を禁じ、外見・虹彩・声紋・指紋などの登録を義務化。
●また、宇宙人に登録証の携帯を義務付けた。
●破った場合、強制送還。
●人間に好まれる容姿に変身する傾向の宇宙人と、それに対する嫉妬で強まる排斥感情と差別。
●「美男美女は宇宙人」「芸能界は宇宙人ばっか」という偏見が広まる。差別の気運が強まる。
●なんとなく排外的な思想の青年が主人公
●付き合いたての彼女が宇宙人だと知る。
●悩む青年。別れるかどうか。なぜ別れたいと思ってしまうのか。
●結論でないまま「宇宙人だから嫌なんじゃない」「黙っていたのが嫌だった」という理由で振ろうとする。
●「姿を自由に変えられる=じゃあ自分は何を好きになったのかわからない」
●男「作りものじゃない本当のお前ってどれなの?」
●女「じゃあ地球人には本当の自分ってあるの?」
という、「変身出来る宇宙人」を題材に、移民と差別の問題を描きつつ、「外見と内面」「本当の自分」「人は人のどこを愛するのか」を語る日常会話のSF。
ってアレ、今考えてる『異性人』よりこっちの方が面白くね?少なくともまとまってて短編向き。

【劇評】イキウメ『太陽』

2011/11/26 イキウメ『太陽』観劇
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【上演データ】
《東京公演》
日時:2011/11/12(土)~27(日)
会場:青山円形劇場
《大阪公演》
日時:2011/12/2(金)~4(日)
会場:ABCホール
作・演出:前川知大
出演:浜田信也/盛隆二/岩本幸子/伊勢佳世/森下創/大窪人衛/加茂杏子/安井順平/有川マコト
【あらすじ】
四十年程前、
世界的なバイオテロにより拡散したウイルスで人口は激減し、政治経済は混乱、
社会基盤が破壊された。
数年後、感染者の中で奇跡的に回復した人々が注目される。
彼らは人間をはるかに上回る身体に変異していた。
頭脳明晰で、若く健康な肉体を長く維持できる反面、紫外線に弱く太陽光の下では
活動できない欠点があったが、変異は進化の過渡期であると主張し自らを
「ノクス」(ホモ・ノクセンシス = 夜に生きる人)と名乗るようになる。
ノクスになる方法も解明され、徐々に数を増やす彼らは弾圧されるが、変異の適性は
三十歳前後で失われる為、若者の夜への移行は歯止めが効かなくなった。
次第に政治経済の中心はノクスに移り、遂には人口も逆転してしまう。
ノクスの登場から四十年、
普通の人間は三割程になり、ノクス社会に依存しながら共存している。
かつて日本と呼ばれた列島には、ノクス自治区が点在し、緩やかな連合体を築いていた。
都市に住むノクスに対し、人間は四国を割り当てられ多くが移住していたが、
未だ故郷を離れず小さな集落で生活するものもいた。
ということで、おそまきながら前作『散歩する侵略者』で見始め、早速大ファンになった劇団、イキウメの新作公演。
圧倒的だった。
近未来、夜に生きる新しく強い人間「ノクス」と、昼に生きる古い人間「キュリオ(骨董品)」の間での差別・理解・被害者意識などの「共存」の問題を通して、人間の弱さやプライドや家族愛(というより血か?)を描く、静かで骨太で優しいSF作品。
『I am Legend(邦題:地球最後の男)』という定番、クラシックのSFが原案にはあるけれど、「人間が昼の種族と夜の種族に分かれた世界」というのは一般的ではない設定だろう。少なくとも身近ではない。
しかし、この作品は、世界中のどこの国でも、どこの民族でも、どこの集団でも通じる普遍性を持った、「理解」と「愛」の話だった。
それは、この設定が現在の世界のいたるとことに見られる人種・民族・貧富・格差・差別の問題を象徴していたからだろう。うん、一般的な設定じゃなくても象徴していれば普遍性は得られるのだな、というボンヤリ知っていたことの顕著な例。

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【映画評】『X-メン:ファースト・ジェネレーション』

●映画評:『X-メン:ファースト・ジェネレーション』
文字数:1873字
 超人気アメコミシリーズ、「X-メン」。おそらくほとんどの人が名前ぐらいなら知っている漫画だろう。筆者もそれに毛が生えた程度の知識で、前作などの映画版を観ていない状態で本作を観た。
 「X-メン」といえば、劇画調で、爪を出す虎柄の男や、目からビームを出す男や、肌が青い女などの超能力者が、敵味方に分かれて戦っている、簡単に言うとそんなコミックである。
 本作はそのシリーズの前日譚であるが、大体そのぐらいだけわかっていれば問題なく楽しめる作品だ。さらに、主人公側のボスがプロフェッサーX、敵側のボスがマグニートーとわかっていれば言うことない。
 若き日には共に手をとり戦ったプロフェッサーXことチャールズと、そのライバルのマグニートーことエリック。『ファースト・ジェネレーション』とは、この二人がなぜ決別し、いかにして敵対するようになったかを描く、スターウォーズで言うとエピソード1~3にあたる作品である。
 
 映画としては、チャールズとエリックの対照的な少年時代から始まる。第二次世界大戦末期、平和で裕福な家庭に生まれ育ち、能力を隠して大きくなったチャールズと、ナチスによりユダヤ人として収容所に入れられ、母親の死によって能力を開花させられたエリック。
 そして時は流れては1960年代。エリックの能力を目覚めさせた元ナチスの科学者であり本人もミュータントであったショウが暗躍し、米ソの対立を煽っていく。それに対抗するために、反発しつつも理解を深め、他の仲間を集めて共に戦っていくチャールズとエリック。この二人の微笑ましく・羨ましく・大変萌える「バディ(相棒)もの」としてストーリーは進行し、キューバ危機の瞬間を舞台に、物語はクライマックスの決断の時を迎える。
 
 『X-メン』の特徴として挙げられるのは、そのテーマ性だろう。本作だけを見ても、シリーズが人種差別問題をテーマにした、社会的な視点を持つ作品であることは容易に見て取れる。つまりミュータントとはかつてのユダヤ人であり、黒人であり、9.11以降のイスラム教徒であり、その他様々な被差別の者達のメタファーなのである。そのことは、ホロコーストがその後の人格に大きく影を落とすエリックだけでなく、チャールズの妹分で青い体のミュータント・ミスティークが肌の色で悩む、といったところでも明らかだ。 
 そう考えると、人間との共生を目指すチャールズはキング牧師、人間と闘争してミュータントの世界を目指すエリックはマルコムXに重ね合わせられる。
 
 であるからこそ、本作の見所は、テーマ的にも、「X-メン」シリーズの謎として見ても、その二人の決別する瞬間にある。
 母親の仇であり最大の標的だったショウと対峙し、復讐の感情に流されるエリック。そして戦っているミュータント全員に向けられた人間達の敵意をスイッチに、エリックとチャールズの信念の違いが決定的になってしまう。その瞬間におこった事故と、それによる二人の決別が、キツすぎるくらいに苦しい。正直、最近見たどんな恋愛映画の別れのシーンより胸に迫る。例えるなら、どちらも自分と親しい友人カップルがどうにもならない喧嘩別れをする様を見るようなキツさだ。
 「決別して、悪に堕ちる」ものの代表例としては、『スターウォーズ』シリーズのダースベイダーことアナキンが挙げられる。しかし、アナキンとオビ=ワンの決別よりも両者の距離が近いのに、より深い断絶が感じられたのは、前述の冒頭のシーンで描かれた二人のミュータントとしての目覚めた方、刷り込まれてしまった原風景の違い故だろう。そしてここから物語をはじめた本作の構成の賜物だろう。
 もはや差別する側・される側の間だけでなく、志を共にした被差別者の間でも起こりうる断絶。それはともすると人類皆の間に横たわっているとすら感じられ、この悲劇をより普遍的で切実なものにしていた。違う経験をしている以上、人と人は最終的には分かり合えないのだろうか。出会いや友情は、出自を乗り越えられないのだろうか。待ってくれ、違うって言ってくれ。別れ際のチャールズとエリックの表情を見て、そんな叫びが喉元まで出かかった。 
 
 ただ一点補足するが、本作は重苦しく陰鬱に終わる映画ではない。そんな決別の直後、エリックが有名な赤い兜を被り身も心もマグニートーになった瞬間こそ最高に盛り上がるポイントであり、筆者も心が痛いのと同時に、最高にアガってしまっていた。そんなバランス感覚の、「痛み」すらあくまで「娯楽」として描いた、優れたエンターテイメント作品であった。
■あとがき■
直した上で今思うのは、「絶賛しすぎ」感。あくまでそのWSでは「誰かに紹介する」という目的でのライティングなので、そんなにこき下ろす感じでもないんですが、にしてもホメすぎかなぁ…。あと、デカイこと言いすぎ感。もっと簡潔に、平易に、粋に、本質を捉えねば。あと長すぎな。
でもホントにラストシーンがキツくて且つアガって良い映画でした。

コタツ

夏は猛暑、冬は極寒のアガリスクハウス(劇団員ルームシェアの一軒家)。
中にいると、そのあまりの寒さゆえ極寒の帰路を辿ってまで自分の家に帰ろうとするほどのアガリスクハウスですが、この夏にコタツを某所(アウトドア)で入手し、ついにはコタツ布団まで手に入れたことで文化的・健康的な室温を得ることが出来ました。
昨日は新メンバー鹿島を加えての新しいメンバー写真(集合写真マイナス顔出ししてないピエール)を撮りに外をうろついておりまして、ふざけてカッコつけて「キャー!ロックバンドみたーい!」(←偏見)とそれっぽい写真を撮っていたら、思いのほか調子にのり、本当に格好つけてこだわりはじめ、その間に夜は更けて、身体は新まで冷え切っていました。
【完全に調子のり写真】
    ↓
ロックバンド煉瓦.JPG
その後、撮影のなかったメンバーと会議があったのですが、あまりの寒さに耐えかねて、途中寄り道してコタツ布団と鍋の材料を買い、暖をとりましたとさ。
写真.JPG

新メンバー 鹿島ゆきこ加入

あと、新宿コントレックスVol.2当日での発表!
アガリスクエンターテイメントに新メンバー 鹿島ゆきこ が入りました。
詳細はこちら
まだプロフィールとかちゃんと出来てないんだけど、この人です。
昨年の『みんなのへや/無縁バター』の本番後、声かけてきてくれて、しかも「次出たいです」じゃなくて「劇団員になりたいです」だったのでかなり狼狽した記憶があります。しかも関西から出てきたばかりでたまたま観た舞台で、っていう。
結局そこはフンワリしたままなんやかんやあって、『ファミリーコンフューザー』に出てもらって、「卓越したなんとか」とか「特異な存在感」とかじゃないんだけど、コメディに対するスタンス・嗅覚・恥の概念がすごく共感というか共有できそうな印象を持ちました。
で、あらためてメンバーになりたいとの申し出を頂き、お互いコントレックスを一緒に(鹿島さん司会)やってみて、本番中に袖で意思を確認してカーテンコールで発表、という形になりました。
合同イベントの最後の告知時間だったんで、劇団内部のこととか言ったら変な空気になるんじゃないか、「知らねーよ」みたいな感じになるんじゃないかとも思ったんですが、そこは現金に、ウチの演目がウケたので発表しました。淺越の発表の仕方が若干グダグダで、新メンバー加入!に聞こえたかどうか不安だったのですが、まぁ、そんなカタチです。
次回コントレックスでどうなるかはまだわからないんですが、基本的にメンバーで役者の淺越・塩原・鹿島で色々な作品をやっていくと思います。
鹿島本人も、「フリーのまま客演に参加したり、オーディション受けまくるとかじゃなく、バンドで活動したい(大意)」といっているので、本公演も、ACも、FLASHなども今後継続的に参加していくと思います。
俺は、基本的にメンバーはどの活動も揃っているのが正しいと思うし、逆に言うとメンバー(で役者)とは「そいつ合わせで企画を決めるぜ」って思える人です。
前のエントリで書いた二人芝居『エクストリーム・シチュエーションコメディ(ペア)』がお気に入りの短編になったので、今度は三人用の必殺短編を作ろうかしら。四人用はテトリミノがあるし。で、四人目が入って新生テトリミノ=ファクトリー面子が揃ったらテトリミノも書き直して、それらでメンバーのみのAC単独公演でもやりたいなぁ。
おっと、話がそれました。
新しく入った鹿島ゆきこをどうぞよろしくお願いします。
また、アガリスクは冨坂淺越塩原ピエール鹿島と、アシスタントのメンバーでやっていきます。今後ともどうぞよろしくお願いします。

AC5 エクストリーム・シチュエーションコメディ(ペア)終わりました

真面目に書くよ!長いよ!
新宿コントレックスVol.2無事終わりました。
ご来場頂いた皆様、遠くから(Ustとか?)で応援してくれた皆様、誠にありがとうございました。
今回は初めてプロデューサーではなくイチ参加団体の作・演として参加した。ま、実際舞監やってたので、当日の忙しさとか立ち位置はそんなに普段と違わなかったかもしれないけれど、イベントを終えての感覚が全然違う。
今回は、

『エクストリーム・シチュエーションコメディ(ペア)』がウケて良かった。

この一言に尽きる。
見ていなかった人向けに簡単に説明すると、海外ファルス風シチュエーションコメディ(レイ=クーニーとかそういうやつ)を、無理やり二人で上演する、というネタだ。
登場人物が5人必要なネタを、二人が「ヘンリー」「ジョージ」などの役名の書かれた帽子を被ることでローテーションしながら演じ分けていく。
で、途中、演じ分けたり二人で再現するのが無理なときに、素の顔がハミ出したりする、っていう、つまりは「『シチュエーションコメディを二人で上演しなければならなくなった奴ら』というシチュエーションコメディ」である。
アガリスクエンターテイメントの団体紹介に、
シチュエーションコメディへの愛憎を原動力に、その解体や再構築などの研究を行う。
とある。
この、シチュエーションコメディというジャンルを相対化して外から見たり、「無理してやる」っていう部分は、まさにアガリスクエンターテイメントのこのジャンルへのスタンスを象徴しているネタだったと思う。
自分達は、いわゆる嘘ついて誤魔化して勘違いして~のファルス型シチュエーションコメディをやりたくて演劇を始めたのだけど、何年かやってきて、他の新鮮な演劇表現や他の笑いの表現を見るにつけ、もはや素直にこのジャンルに上演することが出来なくなっている。
ベタすぎる、そのわりにシンプルじゃない、上演までの物理的ハードルが多いetc…といった欠点も沢山目に付いてしまう。
だけど、やはりこのジャンルをやってしまう。特に俺は、このファルス型シチュエーションコメディとの距離感、比較で全ての物事を捉えてしまう節がある。演劇見ても、会場見ても、ニュース見ても。
だから、誰よりも疑った目で、シチュエーションコメディの嘘を暴いて、余計な部分を剥ぎ取って、逆に普通やっちゃいけない事をして、いじくり回してこういう作品をやっている。
今回は、セットを省いてパイプ椅子だけを出し、二人で慌ただしく役を取り替えるところで笑わせ、と思いきや役(世界観も)をはみ出て発言するところで笑わせ、と言いつつ中身に書かれた勘違いネタでも笑わせる。
そんな普通じゃない事をしつつも、引いて見ると「~~っていう状況におちいった奴らの奮闘」という、シチュエーションコメディの本質的なものになるといいな、と。
…で。
団体紹介の続きに
しかし結局、誰もが普遍的に笑える「喜劇」を作ろうとする傾向がある。
と銘打っている以上、ウケないといかんわけです。変なことやって「研究だ」と言い張っても、ウケないとそれは「シチューションコメディを批評する演劇」になってしまうので。おれは「シチュエーションコメディを批評するシチュエーションコメディ」がやりたかったので、そこが結局一番のハードルだった。自分たちがやってるコントイベントに出すものだしね。
作り方は、中身の架空のシチュエーションコメディを冨坂が書いて稽古場に持っていき、稽古場で「歌割り」ならぬ「役割り」しながら書きなおして…っていうものだったので、すごく時間がかかった。またしてもギリギリまで台本が代わり続けたし、役者二人はさぞ大変だったと思う(二人で16ページとかの台本を数日でだから、そりゃそうだよなぁ…自分の役だけ追って覚えるとかも出来ないし)。
コントレックス当日のゲネでは冒頭の普通間違えないようなところで台詞飛びまくるし、全体的に何をやるネタなのかわからない仕上がりで、実はものすごい焦ったのだった。
そもそもがお客さんにいろんな情報を覚えてもらわないと成立しないコメディを、一人数役演じるわけで、冒頭からこのネタの大枠、ルールがわからないと本当にわからないし笑えないのだ。
でも本番は、前にやったコーヒーカップオーケストラさんが宣言どおり「いい仕事」してくれたので客席も暖まり、フランクに喋ってから始めたらありがたいことにすげーウケました。
これで、見てくれた方からは今までのような前座団体のイメージは払拭できたのじゃないかと思う。
その後いろいろな感想に目を通すかぎり評判も良く、これはアガリスクの代表短編が一つ出来たな、と少し自信になった。が、おれは当日舞台袖に入ることになってしまい、これのちゃんと出来てるところを目では見ていないんで、また見たい。
※追記
我々よりも演技上手い人は星の数ほどいるし、人を笑わせる地力がある人も数え切れないほどいるし、屁理屈こねたら面白い人も山ほどいる。けど、多分このネタを作れるのはアガリスクだけだし、今のところ淺越塩原しか出来ないはずだぜ、発送と歩んだ道的に。へへへ。